経営者といっても、自社の経営戦略の結果からその原因を特定し、次につながるように学ぶのは、実はかなり難しいことなのではないか、というお話

コラム

大学院生だったときは「経営者だと、自分の会社の経営で日々実験ができて、そこから因果関係を学べるし、望むならそれを理論化できるからいいな」と思っていたんですが、実際に自分が経営者になってみると、実はそれってかなり(事前によほど注意深く設計しておかない限り)難しいことなのではないか、と最近思ってます。

経営者として経営戦略を策定し実行すると、結果は数字として(財務諸表などに)出てきて比較的分かりやすいわけですが、多くの場合、その結果につながった原因は(時間的にも長いし、原因変数も複数考えられるため)自明ではないわけです。

そこで、原因を特定したいわけですが、ここでの状況としては、(経営戦略を策定した当事者であるといっても)1つのケースが与えられている状態(単一事例研究)でしかないわけです。

単一事例研究というのは、研究の方法の一つで、一つの事例をデータとして使った研究のことです。

で、単一事例なので、当然それだけを見ていても原因は(ばくっとしか)分かりません。なぜなら、因果関係が成立するといえるには4つの条件が必要だといわれていますが、それらを単一事例研究では満たせないことが多いからです。

ちなみに4つの条件とは、以下です。

  1. 原因変数が結果変数に時間的に先行していること
  2. 原因変数と結果変数が共変関係にあること
  3. 原因変数以外の他の変数が結果変数に影響していないこと
  4. 原因変数と結果変数の間のメカニズムが確認されること

自分が経営者であっても、①時間的先行と、④メカニズムは分かるかもしれませんが、②共変関係は正確には分からないし、③その他の変数が結果変数に影響していない、なんてあるわけないです。

そこで、こうしたら経営者として因果関係を学びやすくなるんじゃないかと最近考えているのが、「その経営戦略が失敗すること自体が逸脱事例になるように、経営戦略の策定時点から、既存理論に基づいてあらかじめ設計し、実行する」ことです。

参考 : 三枝匡,伊丹敬之(2008)『「日本の経営」を創る―社員を熱くする戦略と組織―』日本経済新聞出版社

上記のαが既存理論にあたります。Aからαへの理論化・論理化は既に経営学者によって行われているので、経営者がαを自社の条件に合わせたα’に解凍し、α’を具体化した経営戦略であるBを設計し、実行するわけです。

ちなみに逸脱事例というのは、理論の想定する原因変数を満たしているにも関わらず、理論の想定する結果変数が観察されない事例や、理論の想定する原因変数を満たしていないにも関わらず、理論の想定する結果変数が観察される事例のことです(簡単に言うと、「思てたんと、ちゃう!」ということです)。

上記のようにあらかじめ経営戦略を設計しておくと、成功した場合には「既存理論の想定通りに成功した」となり、たとえ失敗しても「既存理論の想定通りには成功しなかった」となって、次につながるように学びやすくなるわけです。

経営学の理論が提供できるのは、もっとも状況にフィットした理論であっても「結果(たとえば成功、具体的にはROIや利益率や売上高など)につながるであろう、必要条件として原因(たとえば顧客目線で他社と相対的に見たときの自社のかけがえのなさ、具体的には品質や市場シェアなど)」というところが関の山なので、理論に基づいていても失敗してしまうことは、残念ながらおおいに考えられるわけです。もちろん、経営学の理論を使わないよりも、経営学の理論を使った方が、成功確率は格段に高くなるはずですが、「絶対に成功する」とまではいかないわけです。
例1)品質→ROI
例2)市場シェア→ROI

で、経営戦略設計時において、既存理論の原因変数は満たしているわけですから、それでも失敗した場合には、

  1. 使用した既存理論の想定する前提条件と自分の環境での条件が違った
  2. 自分が使用した既存理論とは異なる既存理論の想定する原因変数の方がより強く働いた
  3. ライバル企業の方が自社よりもより良く・より速く・より資源を動員して既存理論の原因変数を満たした

などのようなことが考えられ、比較的考える道筋が出てきやすくなるわけです。

このような想定通りだとすると、「MBAコースにおいて事例研究(研究として批判されやすい方法)で修士論文を書くことで方法論に自覚的になっておくことは、実は経営者になった際には(統計分析などの強い方法で修士論文を書いた場合と比較して)かえって役立ちやすい」のかもしれません(日々の経営意思決定自体は個々のケースなわけですし)。

「熱したやかんを触る→火傷する」のような時間軸が短い因果関係(webサービスでのA/Bテストがやりやすい分野など)は学びやすいですが(小さい子どもでも分かる)、時間軸が長く、原因変数も複数考えられる経営戦略のような分野だと(しかも資本金と借入金の範囲内でしか実験できない、おそらく失敗許容回数は2~3回)、戦略の設計段階から意図的に関与しないと、なかなか当事者(経営者)といっても学びにくい(PDCAがPDPDPD・・・になりやすい)のではないか、というお話でした。

それでは、「その経営戦略が失敗すること自体が逸脱事例になるように、経営戦略の策定時点から、既存理論に基づいてあらかじめ設計し、実行する」ことは、どのようにすれば可能となるのか?

もちろん、WATNEYで学ぶことで可能となるわけです。